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調査・質問内容

伏見港の歴史について知りたい。

図書館からの回答

公開日 2022/03/25

伏見港は,京都市伏見区南部の高瀬川と宇治川の合流地点に位置した港です。

文禄3年(1594)に豊臣秀吉が伏見城を築城するにあたって,建築資材を運ぶために伏見港を開き,宇治川と淀川をつなぐ水路を作りました。これまで淀にあった港湾機能を伏見に移し,国内最大の河川港となりました。

江戸時代には淀川水運の中継地となり,西国大名の参勤交代も伏見港を経由しました。
そして,慶長16年(1611)から19年(1614)にかけて角倉了以が木屋町二条から伏見港まで南北にほぼ真っ直ぐに高瀬川を開削したことにより,西日本の主要都市は一本の水路で結ばれ,交通の要衝として更に発展しました。港には幕府公認の過書船のほか多くの船が行き来し,町は宿場町として栄えました。

戦後は鉄道や道路などの陸運が発達したことにより水運の利用が激減し,昭和42年(1967)に港は廃止され,埋立地は伏見港公園となりました。
令和3年(2021)には伏見港一帯が国土交通省の地域振興事業「みなとオアシス」に登録されました。

参考文献(新聞):『京都新聞 令和3年(2021)5月13日』朝刊 21面“伏見港一帯「みなとオアシス」登録 地元「観光の追い風に」”
『毎日新聞 令和3年(2021)6月22日』朝刊 地方版 京都 21面“みなとオアシス:みなとオアシス 伏見港登録、府内3番目 国交省 /京都”

参考文献

タイトル 注記
伏見の歴史と文化 p7~39“伏見のあゆみ”
伏見学ことはじめ p81~168“第二章 伏見の歴史”
史料京都の歴史 16 p41~52“近世”
京都の歴史 4 p342~344“城下町の建設”,p557~561“淀川の水運”
地図でみる京都 p52~53“25 京都市伏見区”
あふひ 第19号 p64~66「伏見港は川の港として日本一だったか」木戸 公司/著

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