レファレンス回答 目次に戻る
■京都に関するご質問
[美術工芸]
質問 1  京扇子・舞扇について知りたい。
回答
 京扇子は「伝統的工芸品産業の振興に関する法律」に指定された品目の一つで,扇
 骨の加工・地紙の加工・絵付け・折り・仕上げ加工など,数十の工程を経て完成しま
 す。
 @『京都職人 匠のてのひら』 (高階 秀爾監修 水曜社) p105〜112
 A『よくわかる京扇子・京うちわ』 (京都精華大学表現研究機構・研究事業部編集 
 京都扇子団扇商工協同組合)
 B『京の伝統と文様 7』 (松下隆章監修 美乃美)
 C『京都の工芸』 (吉田光邦 平凡社) p174〜176
 D『京の手わざ』 (松本章男 学芸書林) p86〜92
 E『京都の伝統工芸まなびガイド』 (京都商工会議所中小企業相談所編集・出版)
  p22

参考資料  @【中央・右中・伏中ほか 所蔵あり】
 A【中央・伏中・醍中ほか 所蔵あり】
 B【中央・右中・醍中 所蔵あり】
 C【中央・右中・伏中ほか 所蔵あり】
 D【伏中・北・左京ほか 所蔵あり】
 E【中央・右中・伏中ほか 所蔵あり】

 蔵書検索へ
                              事例作成:2008.6
このページのトップへ
質問 2  京仏壇について知りたい。
回答
 「伝統的工芸品産業の振興に関する法律」に指定された品目の一つで,高級仏壇とし
 て知られています。江戸仏壇とは異なり,つや消しの金箔を用いるのが特徴です。(『
 京都大事典』より)
 @『永遠のたくみ 京仏壇ができるまで』 (京都精華大学表現研究機構研究事業部編
 集 京都府仏具協同組合)
 A『京都の伝統工芸まなびガイド』 (京都商工会議所中小企業相談所編集・出版) 
 p83〜89に写真が掲載されています。
 B『京の名工展』平成十六年度 (京都府匠会編集・出版) P36には,引戸について
 掲載されています。
参考資料  @【中央・右中・伏中ほか 所蔵あり】
 A【中央・右中・伏中ほか 所蔵あり】
 B【右中・伏中 所蔵あり】
 『おとなの学校 5巻』 (平凡社) p74〜75 【中央・右中・伏中ほか 所蔵あり】

 蔵書検索へ
                              事例作成:2008.6
このページのトップへ
質問 3  伏見人形について書かれた本を見たい。
回答
 伏見人形は,桃山末・江戸初期頃から伏見でつくり始めた土人形です。深草人形,稲
 荷人形とも呼ばれています。伏見城下町や伏見稲荷大社の土産品として全国に広ま
 り,各地の土人形生産に影響を与えました。(『京都大事典』より)
 @『伏見人形』 (塩見青嵐著 河原書店)
 A『伏見人形の話』 (田中緑紅著 京を語る会)
 B『日本人形史』 (山田徳兵衛著 冨山房) p287〜292
 C『日本の伝統工芸7 京都』 (ぎょうせい) p58〜60
 D『上方の愉快なお人形』 (池田萬助・池田章子著 淡交社) p92〜95
 E『天神さん人形』 (木村泰夫著 日貿出版社) p131〜138,156〜158
 F『町人文化百科論集 6』 (原田伴彦編 柏書房) p220〜223
 に比較的詳しい説明が載っています。

参考資料  @【中央・右中・伏中・醍醐 所蔵あり】
 A【伏中 所蔵あり】
 B【右中 所蔵あり】
 C【中央・右中・伏中ほか 所蔵あり】
 D【右中・伏中・醍中ほか 所蔵あり】
 E【中央・右中・醍中・吉祥院 所蔵あり】
 F【中央・右中・伏中ほか 所蔵あり】
 『京都の工芸 伝統と現代』 (平凡社) p91 【中央・右中・伏中ほか 所蔵あり】
 『百職百人 京の匠』 (淡交社) p131〜132 【中央・右中・伏中ほか 所蔵あり】
 『日本の郷土人形』 (京都府立総合資料館) p29〜30,62 【右中 所蔵あり】
 『日本の御人形』 (池田萬助・池田章子著 淡交社) p81〜85 【中央・右中・伏中ほ
 か 所蔵あり】


 蔵書検索へ
                              事例作成:2008.6
このページのトップへ
質問 4  西陣帯の柄箔(がらはく)のことを知りたい。
回答
 柄箔は模様箔もしくは引箔(ひきばく)ともいい,金・銀・アルミなどの金属を引き伸ばし
 て和紙に接着し,その紙を切断して帯地に織り込むことで,表情をつけるものです。加
 工した紙に金銀箔で模様をつけたものと,紙に金銀箔を押したものを加工して模様表
 現をしたものに大別されます。金銀糸や箔を織り込んだ豪華絢爛な趣は西陣織の特
 徴です。
 これを用いた西陣織がいつ頃から織られるようになったのかは不明ですが,天正年
 間(1573〜96)には金銀箔を漆を用いた紙に貼った織物用箔が完成していたという
 記録があるので,その頃かと思われます


参考資料  『西陣織 伝承の技』 p74 (切畑健/文 岩波書店) 【中央・右中・東山ほか 所蔵
 あり】  
 『京都金銀糸平箔史』 p258〜263 引箔の種類と製造工程           
 (京都金銀糸工業協同組合史誌編纂室編 京都金銀糸工業協同組合発行) 【右中
 ・醍中・左京ほか 所蔵あり】
 『京都・西陣の魅力』 (西陣織物工業組合広報委員会著 浪速社) 【右中 所蔵あ
 り】
 『原色染織大辞典』 p829 (淡交社) 【中央・右中・北ほか 所蔵あり】  
 『染織事典』 p340 引箔 (中江克己編 泰流社) 【中央・右中・伏中ほか 所蔵あり】
 『西陣織屋ことば辞典』 p75,79 引箔の説明 (中西信也編著 かもがわ出版) 【右
 中・伏中・醍中ほか 所蔵あり】 
 『西陣 美と伝統』 p415 金銀糸・箔の歴史 (西陣五百年記念事業協議会編発行) 
 【中央・右中・伏中・醍中 所蔵あり】

 蔵書検索へ
                              事例作成:2008.6
このページのトップへ
質問 5  西陣の帯を織っている写真を見たい。
回答
 『西陣織 伝承の技』に工程ごとの写真が載っています。他にも西陣織の本,もしくは
 京都の伝統産業の本に数多く掲載されていますので,そちらを見てください。

参考資料  『西陣手織り一代 西田小雪聞書き』 p11 (西田小雪/述 地平社) 【中央・右中・
 伏中ほか 所蔵あり】
 『西陣 美を織る暮らし』 p139〜カラー写真 (神山洋一著 大月書店) 【中央・右中
 ・伏中ほか 所蔵あり】  
 『西陣織 伝承の技』 p53〜74 織っている写真が多く,詳しい (切畑健/文 岩波
 書店) 【中央・右中・東山ほか 所蔵あり】    
 『西陣 匠・技の伝承』 (西陣織伝統工芸士会編発行) p38〜40,107 西陣織のでき
 るまでの工程を写真で説明 【中央・右中・醍中 所蔵あり】 
 『染織の美 14』 (京都書院) p88〜95 西陣織のできるまでの工程を写真で説明 
 【中央・右中・左京・洛西・向島 所蔵あり】    
 『おとなの学校 5』 p6〜17 (平凡社) 【中央・右中・伏中ほか 所蔵あり】   
 『京都の伝統産業』 p6〜7 (京都伝統産業総合展実行委員会広報部会発行) 【中
 央・右中・醍中 所蔵あり】  
 『日本の伝統工芸 7』 p118〜121 (ぎょうせい) 【中央・右中・伏中ほか 所蔵あり】  


 蔵書検索へ
                              事例作成:2008.6
このページのトップへ
質問 6  京都市内の五重塔の数と,どんなものがあるかを知りたい。
回答
 市内には東寺の小塔を含めて4つあります。
 ・醍醐寺…総高37.44m,平安時代952年朱雀天皇が建立,国宝。
 ・教王護国寺(東寺)五重塔…総高54.84m,初代は焼失し現在の塔は江戸時代1644
 年徳川家光が再建,国宝。
 ・教王護国寺小塔…総高150cm,鎌倉時代1240年後白河法皇の第六皇女宣陽門
 院が建立。
 ・法観寺五重塔(八坂塔)…総高36.4m,初代は焼失し現在の塔は室町時代1440年
 足利義教が再建,重要文化財。
 ・仁和寺五重塔…総高32.7m,初代は焼失し現在の塔は江戸時代1637年徳川家光
 が建立,重要文化財。

参考資料  『日本塔総鑑』 p69〜塔の写真と説明 (中西亨著 同朋舎) 【右中・中央・醍中 所
 蔵あり】   
 『日本仏塔集成』 (浜島正士著 中央公論美術出版) 塔の写真や断面図あり 【中
 央・醍中 所蔵あり】
 『塔 日本の名景』 (森田敏隆著 光村推古書院) 塔のカラー写真と説明 【中央・
 右中・醍中ほか 所蔵あり】 
 『古寺巡礼京都 1 東寺』 p114,115 東寺小塔の写真と説明 (淡交社) 【中央・右
 中・醍中ほか 所蔵あり】 

 蔵書検索へ
                              事例作成:2008.6
このページのトップへ
質問 7  京都市迎賓館を設計した人は誰か。
回答
 @『京都迎賓館 継承される日本文化と技能』 (新建築社) p196に “設計者 日建
 設計”とあります。
 また,A『京都迎賓館 ものづくりものがたり』 (公共建築協会企画・編集 日刊建設
 通信新聞社) p60に建設等の経緯として公募→提案書提出→選定と書かれていま
 す。

 @,Aのほか,下記参考資料でも,京都迎賓館の建設について詳しく知ることができ
 ます。

参考資料  @【中央・右中 所蔵あり】
 A【中央・右中・伏中ほか 所蔵あり】
 『京都迎賓館 現代和風と京の匠の調和』 (迎賓館京都事務所/監修 淡交社) 
 【中央・右中・伏中ほか 所蔵あり】
 『近代建築 2006年1月号』 (近代建築社) p47〜62 【保存雑誌として所蔵あり】
 『月刊京都 2006年10月号』 (白川書院) 特集:京都迎賓館と京の匠 【中央・右
 中 所蔵あり】

 蔵書検索へ
                              事例作成:2008.6
このページのトップへ
質問 8  あぶらとり紙の歴史について知りたい。
回答
 あぶらとり紙は化粧用品の一つで,顔の脂を押さえるのに用いる紙です。
 製法は製造元によって異なり,形状もさまざまです。
 本来は金箔を打ちのばすときに金箔と金箔の間に挟んでおく“打ち紙”が箔打ちの役
 割を終えて“ふるや”となり,“ふるや”紙が皮脂の吸収力に優れていたことが,後のあ
 ぶらとり紙の開発に結びついたといわれています。また,近世後半より遊女などが用
 いた,顔の脂取りの紙が“風呂屋紙”と呼ばれ,あぶらとり紙の役割を果たしていたと
 されています。

 発祥の時期については諸説あり,古来より上流社会の女性や粋人に珍重されてきた
 ものという説や,あぶらとり紙は大正時代に誕生したもので,映画撮影の現場から,
 大量のライトによって脂浮きが生じる役者さんの肌のてかりを押さえたいという要望を
 受けたことが開発のきっかけであるという説もあります。
 また,近世後半より遊女などが用いた,顔の汗や脂をぬぐう紙が“風呂屋紙”と呼ばれ
 ていたことがE,Fに記されています。

 あぶらとり紙については,以下の資料をご覧ください。
 @『舞妓さんのお道具帖』 (相原恭子著 山海堂) p62〜63 “油とり紙”の項目
 A『京都 和こもの帖』 (中井忍著 山と渓谷社) p62
 B『京都優品』 (京都府) p11
 C『京都の値段』 (柏井寿著 プレジデント社) p18
 D『日本の金箔は99%が金沢産』 (北國新聞社出版局編 時鐘舎) p68〜p69
 E『角川古語大辞典』 (中村幸彦編 角川書店) p256 “風呂屋紙”の項目
 F『洒落本大成 第十九巻』 (水野稔編 中央公論社) p106,107

参考資料  @【右中・醍中・左京ほか 所蔵あり】
 A【中央・右中・醍中ほか 所蔵あり】
 B【右中・伏中・醍中ほか 所蔵あり】
 C【中央・右中・伏中ほか 所蔵あり】
 D【中央・右中・伏中ほか 所蔵あり】
 E【中央・右中・伏中・醍中 所蔵あり】
 F【中央・醍中 所蔵あり】


 蔵書検索へ
                              事例作成:2009.1
このページのトップへ
質問 9  粟田焼(あわたやき)の歴史について知りたい。
回答
 粟田焼,または粟田口焼と呼ばれる焼物は京都市東山区粟田口付近で生まれました
 。実際の生産は江戸時代1624年頃の瀬戸の陶工“三文字屋九右衛門”が始まりと
 言われています。初期粟田口焼は当時需要の多かった唐物や古瀬戸写しを作り,陶
 技は瀬戸,美濃のものに唐津系の技法を受け入れたものでした。
 以後,その一統が付近で開窯し,青蓮院(しょうれんいん:東山区粟田口三坊町)の保
 護を受け,随時窯元が増え,江戸中期には粟田口近辺に13軒の窯元と7軒の素焼
 窯が軒を並べていたという記録が残っています。

 江戸時代後期には仁清(野々村清右衛門)の絵付けを取り入れ,もっぱら色絵陶器を
 焼くようになりました。
 明治初期に海外貿易が始まると,薩摩焼の彩画法を取り入れた粟田焼が考案され,
 薩摩のものを本薩摩と呼んだのに対し京薩摩と呼ばれ,欧米で高い評価を受けまし
 た。
 更に絵付けに洋絵具を使うようになると,取扱いが容易なため,細かい絵が描きやす
 くなったと同時に,和絵具に劣る深みを補うために絵柄の周りを金で縁取ることが行
 われ,粟田焼の主流は繊細緻密な金彩絵付けとなりました。明治10年ごろには海外
 輸出が黄金期を迎え,輸出が全生産額の9割を占めるほどでした。

 明治14年以降,世界的不況や,生産過剰と粗製濫造,零細な経営規模,装飾的な
 高級品志向といった内的要因により,明治17年には輸出額が全盛期の6割ほどに
 低下,一旦は回復したものの明治24年頃から再び危機的状況に陥り,不景気が続
 いたことと細画至上主義への批判の高まりによる世間的評価の低下を覆せず,昭和
 初期に衰退しました。

 現在,その伝統を受け継いだ作家は存在するものの,粟田の地に窯は途絶えてしま
 いました。粟田神社の参道入口に「粟田焼発祥之地」の石碑を残すのみです。

参考資料  『粟田焼』 (小川金三編 粟田焼保存研究会) 粟田焼の歴史について詳しい 【右
 中 所蔵あり】
 『角川日本陶磁大辞典』 (矢部良明編 角川書店) p58〜59 “粟田口焼” p400〜
 401 “京薩摩”の項目あり 【中央・右中・伏中・醍中・東山 所蔵あり】
 『京都御役所向大概覚書 下巻』 (清文堂出版) p202〜203 “粟田口焼”の項目に
 青蓮院領に13軒の窯元と7軒の素焼窯を持つ陶家が軒をならべていたとある 【中
 央・右中・伏中・醍中 所蔵あり】
 『京焼百年の歩み』 (藤岡幸二著 京都陶磁器協会) p2〜3 “粟田焼”の項目 
 【右中・東山 所蔵あり】
 『京都貿易史』 (松野文三編 京都貿易協会) 明治期の粟田焼の輸出についての
 記録あり 【中央・右中・醍中 所蔵あり】
 『家庭画報 2006年10月号』 (世界文化社) p140〜141 現代の粟田焼作家の
 作品が紹介されている 【中央・伏中・醍中 所蔵あり】


 蔵書検索へ
                              事例作成:2009.1
このページのトップへ
質問 10  「まきのり」という染色技法について,具体的に手順を知りたい。
回答
 @『原色染織大辞典』 (淡交社) p1047 ,A『きもの用語大辞典』 (主婦と生活社) 
 p461,462 によれば,染織において「まきのり」という技法は二種類あり,以下の様に
 説明されています。
 「巻糊」…織物仕上げの方法の1つで,織物に薄い糊を平等につける時に用いられる
 方法。
 「撒糊・蒔糊」…防染糊の1つで,友禅染で裾模様に雪降りなどを染め出す場合など
 に用いられる技法。
 よって,染色技法の「まきのり」は「撒糊」もしくは「蒔糊」と表記されます。

 「撒糊」は,でん粉糊を乾燥させ,砂状に砕いたものを生地の上に撒いて防染にし,そ
 の部分を直接模様として生かす技法です。
 「友禅の撒糊技法を併用する技法」によって,人間国宝に認定された森口華弘(もりぐ
 ちかこう)は,それまで部分的に用いられてきた撒糊の技法を,作品の重要な構成要
 素に取り入れ,漆芸の蒔絵のような表現を行ったことから,その技法は「蒔糊」と呼ば
 れるようになりました。

 「撒糊・蒔糊」の手順については,以下の資料でご覧いただけます。
 B『月刊染織α』 (1988年11月号 染織と生活社) p17〜39
 C『手描友禅染の技術と技法』 (本場達夫編 京都市染織試験場) p81〜83
 D『週刊人間国宝 7』 (朝日新聞社) p1〜16
 E『人間国宝シリーズ 10』 (岡田譲著 講談社) p28,29,37〜39 

参考資料  @【中央・右中・北ほか 所蔵あり】
 A【中央・右中・山科ほか 所蔵あり】
 B【右中 所蔵あり】
 C【右中 所蔵あり】 ※改訂版【吉祥院・向島 所蔵あり】
 D【右中 所蔵あり】
 E【中央・北・洛西・向島 所蔵あり】
 『亰染の秘訣』 (高橋新六編著 民芸織物図鑑刊行会はくおう社) p259 【右中・醍
 中 所蔵あり】
 DVD『匠の世界 染織2』 (コアラブックス) 【右中 所蔵あり】


 蔵書検索へ
                              事例作成:2009.1
このページのトップへ
質問 11  鳥獣人物戯画は誰が描いたのか。
回答
 右京区高山寺に伝わる4巻の絵巻物で,鳥獣人物戯画巻とも呼ばれ,国宝に指定さ
 れています。猿,兎,蛙などを擬人化して描いた甲巻,牛や馬などの身近な動物と麒
 麟(きりん)や竜を加えて描いた乙巻,前半に遊びに興じる人物,後半に擬人化した
 動物を描いた丙巻,人間の滑稽な様子を描いた丁巻で構成されます。
 鳥羽僧正覚猷(とばそうじょうかくゆう)の作とする伝承がありますが,各巻ごとに内容
 や作風が異なり,制作時期も12世紀中頃から13世紀前半にわたることから,作者は
 一人ではなく,また定かではないとされています。
 @『鳥獣人物戯画 丙巻・丁巻解説』 (辻 惟雄著 小学館)では覚猷のほかに,作者
 として覚猷と同時代に活躍した定智(じょうち)や宮廷絵師を想定する説が紹介されて
 います。

参考資料  @【中央・右中・醍中 所蔵あり】
 A『国史大辞典 9』 (国史大辞典編集委員会編 吉川弘文館) p593 【中央・右中
 ・伏中ほか 所蔵あり】
 B『世界大百科事典 18』 (平凡社) p370 【中央・右中・伏中ほか 所蔵あり】
 C『日本絵巻大成 6』 (小松 茂美編 中央公論社) 【中央・右中・伏中ほか 所蔵あ
 り】


 蔵書検索へ
                              事例作成:2009.5
このページのトップへ
質問 12  清水寺三重塔の彩色(塗り)について知りたい。
回答
 国指定の重要文化財である三重塔は,1987年(昭和62年)解体修理を終え寛永再
 建当初の丹塗(にぬ)りと極彩色文様を復元,色鮮やかな姿によみがえりました。
 各重外部の長押(なげし…柱と柱をつなぐ厚い板)・台輪(だいわ…柱頂部をつなぐ厚
 い板)・丸桁(がんぎょう…垂木を支える桁のうち一番軒先に近いもの)の極彩色文様
 は珍しく,注目されています。
 初重内部の四天柱(してんばしら…内部4本の独立した柱)には密教的仏画,まわり
 の側柱(がわばしら)には波に雲龍,長押や頭貫(かしらぬき)には幾何学・華型文様
 ,さらに天井には華型文様,天井長押には飛天・迦陵頻伽(かりょうびんが)などが極
 彩色にて描かれており,華麗な曼荼羅のようです。
 各部材とも経年によって木肌が風化していたため,表面を胡粉(こふん)などでならし
 た後,先の文様に金箔・緑青・朱黄土などを基調に彩色されました。
 文様以外の部材は,木口に黄土,連子窓(れんじまど)は緑青,板類は胡粉を塗り,
 その他は丹塗りです。

 詳しい解説や復元後のカラー図版は,
 @『重要文化財清水寺三重塔修理工事報告書』 (京都府教育庁指導部文化財保護
 課編・発行)
 A『清水寺三重塔落慶法要』 (清水寺) p122〜127
 をごらんください。

参考資料  @【右中 所蔵あり】
 A【右中 所蔵あり】
 B『ガイドブック清水寺』 (横山正幸著 法蔵館) p72〜76 図版あり 【中央・右中・
 醍中ほか 所蔵あり】
 B『古寺巡礼京都 24 清水寺』 (大庭みな子ほか著 淡交社) p116 図版8 【中
 央・右中・醍中ほか 所蔵あり】


 蔵書検索へ                              事例作成:2009.1 
このページのトップへ
質問 13  西往寺の宝誌和尚像の写真を見たい。
回答
 下京区の西往寺所有の本像は平安時代に制作された一木造の像で,『宇治拾遺物
 語』巻9の「宝志和尚影の事(ほうしかしょうのえいのこと)」の逸話で知られる宋の禅
 僧,宝誌和尚の顔面が縦に裂けて,中から和尚の真の姿である菩薩が現れんとする
 様子が表現されています。ほかに例のない貴重な彫像で,平成10年に木造宝誌立
 像(もくぞうほうしりゅうぞう)という名称で重要文化財に指定されました。現在は京都
 国立博物館に寄託され,これまでに何度か公開されています。

 写真は,
 @『やさしい仏像』 (岩田茂樹ほか監修 永岡書店) p17
 A『美術手帖』2008年6月号 (美術出版社) p26
 で全身を,
 B『にっぽん心の仏像100選 上』 (NHK「にっぽん心の仏像」プロジェクト編 日本
 放送出版協会) p99
 C『仏像の本 封印の秘仏と奇蹟の霊験譚』 (学研) p20
 で頭部を見ることができます。

                  
参考資料  @【右中・醍中・北・久世 所蔵あり】
 A【中央・右中 所蔵あり】
 B【中央・右中・伏中ほか 所蔵あり】
 C【右中・下京・南 所蔵あり】
 D『新編日本古典文学全集 50 宇治拾遺物語』 (小学館) p278〜279 【右中・
 伏中・南・西京 所蔵あり】
 E『国宝・重要文化財大全 別巻』 (文化庁監修 毎日新聞社) p203 【中央・右中・
 醍中 所蔵あり】

 蔵書検索へ                              事例作成:2009.5
このページのトップへ
質問 14  京都にある,ヴォーリズの建築物を知りたい。
回答
 ウィリアム・メレル・ヴォーリズ(1880−1964)は,明治38年(1905)に英語教師と
 して来日,その後1500以上の建物の設計に携わったといわれています。全国各地
 にヴォーリズやヴォーリズ設計事務所が設計した建物が残されていますが,京都では
 上京区の同志社大学啓明館・アーモスト館,左京区の京都大学基督教青年会会館,
 京都工芸繊維大学KIT倶楽部(旧舟岡家住宅離れ)が国登録有形文化財として,上
 京区の大丸ヴィラ,左京区の駒井家住宅,中京区の日本キリスト教団京都御幸町教
 会会堂が京都市指定・登録文化財として指定・登録されています。

 京都のヴォーリズ建築は@『月刊京都』2006年1月号 (白川書院)に14件,A『ヴ
 ォーリズの西洋館 日本近代住宅の先駆』 (山形政昭著 淡交社)に6件紹介されて
 います。ほかにも京都の近代建築に関する本(参考資料B〜F)などで数件ずつ紹
 介されています。文化財に指定されている建物や,店舗として営業している建物の所
 在地は公表されていますが,個人宅の場合は公表されていないようです。

 また,国指定文化財等データベース,京都市のホームページ「京都市情報館」市民文
 化局文化芸術都市推進室文化財保存課の京都市指定・登録文化財のページ
 では,前掲の建物の写真と解説を見ることができます。
参考資料  @【中央・右中・伏中・醍中 所蔵あり】
 A【中央・右中・伏中ほか 所蔵あり】
 B『近代名建築京都写真館』 (福島明博著 日本機関紙出版センター) 【右中・醍
 中・山科ほか 所蔵あり】
 C『京都の近代化遺産 歴史を語る産業遺産・近代建築物』 (川上貢監修 淡交社) 
 【中央・右中・伏中ほか 所蔵あり】
 D『京都モダン建築の発見』 (中川理/文 淡交社) 【中央・右中・伏中ほか 所蔵
 あり】
 E『近代建築散歩 京都・大阪・神戸編』 (小学館) 【中央・右中・伏中ほか 所蔵あ
 り】
 F『ヴォーリズ建築の100年 恵みの居場所をつくる』 (ヴォーリズ/作 創元社) 
 【中央・醍中 所蔵あり】

 国指定文化財等データベース http://www.bunka.go.jp/bsys/index.asp (平成24年3
 月20日確認)
 京都市情報館 市民文化局文化芸術都市推進室文化財保存課の京都市指定・登録
 文化財のページ http://www.city.kyoto.lg.jp/bunshi/page/0000005493.html (平成
 24年3月20日確認)


 蔵書検索へ
                              事例作成:2009.9
このページのトップへ
質問 15  鴨川納涼床の様子を描いた絵を見たい。
回答
 京都の夏の風物詩となっている鴨川の納涼床は,豊臣秀吉の時代に裕福な商人が
 鴨川の浅瀬や中洲に床机(しょうぎ)を出し,遠来の客をもてなしたのが始まりとされて
 います。
 江戸時代には護岸工事が行われ,四条河原(四条通の鴨川東西両岸一帯)は,納涼
 の人たちでにぎわい,祇園会(祇園祭)の季節を中心に水茶屋の床机が並びました。
 当時のにぎわいの様子が『都名所図会』や『花洛細見図』などに描かれています。

 江戸時代から現代まで,納涼床の様子を描いた作品のおもなものを紹介します。収
 録されている画集等は,下記参考資料をご覧ください。
 @「四條河原夕涼之図」 都名所図会 巻二 
 A「夕涼」 花洛細見図 六之巻
 B「四条夕涼 其一,其弐」 都林泉名勝図会 第一

 C「京都名所之内 四条河原夕涼」 広重/画
 D「四条河原夕涼躰」 清長/画  
 E「皇都祇園祭礼四条河原之涼」 五雲亭貞秀/画
 F「四条河原(四季遊戯図巻)」 円山応挙/画
 G「四条河原の納涼(京都新名所図屏風)」 森寛斎/画
 H「四條夕涼」 作者不明

 I「納涼」 下村観山/画
 J「鴨川夜景」 小野竹喬/画
 K「鴨川夜情」 安田靫彦/画

 また,国立国会図書館のホームページ内「国立国会図書館のデジタル化資料」では,
 キーワード「四条 河原」または「四条 涼」で検索すると,国立国会図書館が所蔵して
 いる錦絵(浮世絵)で,鴨川の納涼床の様子を描いたものを見ることができます。

参考資料  @『新修京都叢書 第6巻』 p108〜109 (野間光辰編 臨川書店) 【中央・右中・伏
  中ほか 所蔵あり】
 A『新修京都叢書 第8巻』 p120〜121 (野間光辰編 臨川書店) 【中央・右中・伏
  中ほか 所蔵あり】
 B『新修京都叢書 第9巻』 p106〜109 (野間光辰編 臨川書店) 【中央・右中・伏
  中ほか 所蔵あり】
 C『全集浮世絵版画 6』 図8 (座右宝刊行会編 集英社) 【左京 所蔵あり】
   『広重三都めぐり』 p12 (菅井靖雄/執筆 人文社) 【中央・右中・伏中ほか 所
   蔵あり】
 D『浮世絵大系 4』 図20〜22 (座右宝刊行会編 集英社) 【中央・右中・醍中・山
   科 所蔵あり】
 E『皇都祇園祭礼四条河原之涼』 (国立国会図書館) 【中央 所蔵あり】
 F『江戸時代図誌 1(京都1)』 図307 (筑摩書房) 【中央・右中・伏中ほか 所蔵
  あり】
 G『日本屏風絵集成 17』 図1 (講談社) 【中央・右中 所蔵あり】
   『明治大正図誌 10(京都)』 図342 (筑摩書房) 【中央・右中・伏中・醍中 所蔵
  あり】
 H『四條夕涼』 (国立国会図書館) 【右中 所蔵あり
 I『画集京の四季』 図35 (臼井史朗編 淡交社) 【中央・右中・醍中・下京 所蔵あ
  り】
   『現代の水墨画 2』 図34,35  (講談社) 【北 所蔵あり】
 J『現代の日本画 1』 図65 (学研) 【右中・伏中・南・西京・久我 所蔵あり】
   『小野竹喬大成』 図110 (小学館) 【中央・右中・伏中・醍中 所蔵あり】
 K『画集京の四季』 図34 (臼井史朗編 淡交社) 【中央・右中・醍中・下京 所蔵あ
  り】
   『20世紀日本の美術 4』 p86 (集英社) 【右中・向島・吉祥院・久世 所蔵あり】

 『京都大事典』 (淡交社) 【洛西を除く全館 所蔵あり】
 『歴史都市・京都から学ぶジュニア日本文化検定テキストブック』 (「歴史都市・京都
 から学ぶジュニア日本文化検定」推進プロジェクト) 【全館 所蔵あり】
 『京の歴史と文化 5』 (村井 康彦編 講談社) 【中央・右中・伏中ほか 所蔵あり】
 『日本美術作品レファレンス事典 絵画篇』 (日外アソシエーツ) 【中央・右中・伏中・
 醍中 所蔵あり】

 国立国会図書館ホームページ 国立国会図書館のデジタル化資料
 http://dl.ndl.go.jp/#classic (平成24年3月20日確認)

 京都鴨川納涼床協同組合ホームページ http://www.kyoto-yuka.com/ (平成24年
 3月20日確認)

 蔵書検索へ
                              事例作成:2009.12
このページのトップへ
質問 16  京鹿の子絞り(きょうかのこしぼり)について知りたい。
回答
 絞り技法のひとつ,およびその製品のことで,経済産業大臣指定の伝統的工芸品で
 す。

 鹿の子絞りとは,その絞り模様が仔鹿の斑点の浮いた背に似ているところから,「鹿
 の子」の名称がついたといわれています。
 京鹿の子絞りは,道具などを使わず完全なフリーハンドの手絞りであること,絞りに絹
 糸を使うことが特徴です。
 手絞りであることから,別名「手結び(てむすび)鹿の子」,または折って絞るので「目結
 (めゆい)」といわれます。

 江戸期には,すでに「鹿の子絞り」「京鹿の子」と呼ばれ,京都の代表的な産物でし
 た。
 絞った部分が盛りあがり,きもの全体に風合いと凹凸の独特の立体感がある仕上が
 りで,高級品です。
 特に,布地全体に鹿の子絞りが施された「総鹿の子絞り」は,あまりにも華美で,贅沢
 だったため,使用を禁じられる時代があったほどでした。
 
 括り(くくり)の技法に本疋田(ほんひった)・中疋田(なかひった)・ばら疋田・人目(ひと
 め)などあり,染め分け技法にも桶絞り染・板絞り染など,多様な技法があります。

 現在の京鹿の子は,まず絞りの模様を彫った型紙を作り,白生地に当てて青花で摺
 り,その白生地に摺られた下絵の水玉を指先で一つずつつまみ,折り,絹糸で七〜八
 回巻いて縛る,という方法をとっています。
 かつては,下絵を描かず勘と指加減のみで絞る「本座(ほんざ)鹿の子」といわれる技
 法もありましたが,現在は継承者が残っていません。

 製作工程は分業化が進み多工程にわたっていますが,絞りは女性の仕事であり,主
 に農家の主婦の内職として行われてきました。この絞りをする女性を「結子(ゆいこ)」
 「絞り子」と呼びます。

 絞り作業は分担ができず,始めから終わりまで一人の結子が行うため,仕上げるの
 に半年から一年以上かかることもある,根気のいる仕事です。

 最近では,工房などで手軽な京鹿の子絞りの体験ができるところもあります。

参考資料  『日本の染織 12  絞り染』 (泰流社) 【伏中・北 所蔵あり】
 『日本の絞り技法 技法篇』 (安藤宏子著 日本放送出版協会) p66 【中央・伏中 
 所蔵あり】
 『日本の絞り技法 資料篇』 (安藤宏子著 日本放送出版協会) p10 【中央・伏中 
 所蔵あり】
 『京鹿の子 美と伝統』 (吉田光邦編 淡交社) 【右中・醍中 所蔵あり】
 『京鹿乃子絞り』 (山口武雄編 京都絞工業組合) 【右中 所蔵あり】
 『京都大事典』 (淡交社) p495 【洛西を除く全館 所蔵あり】
 『京都事典』 (村井康彦編 東京堂出版) p192 【中央・右中・伏中ほか 所蔵あり】
 『京都・観光文化検定試験 公式テキストブック』 (森谷尅久監修 淡交社) p161
  【みらい館を除く全館 所蔵あり】
 『技を継ぐ 21世紀の匠たち』 (京都新聞出版センター) p112 【西京・みらい館を除
 く全館 所蔵あり】
 『全国伝統的工芸品総覧 受け継がれる日本のものづくり 平成18年度版』 (伝統的
 工芸品産業振興協会編 同友館) p201 【中央・右中・伏中・醍中 所蔵あり】
 『京都職人 匠のてのひら』 (高階秀爾監修 水曜社) p129 【中央・右中・伏中ほか
  所蔵あり】
 『京都の部落史 2』 (井上清[ほか]編集 京都部落史研究所) p109 【中央・右中・
 伏中ほか 所蔵あり】
 『京都工房めぐりと古都体験の旅』 (レブン著 メイツ出版) p26 【中央・右中・伏中
 ほか 所蔵あり】

 蔵書検索へ
                              事例作成:2009.12
このページのトップへ
質問 17  堀川で行われていた友禅流しについて知りたい。
回答
 友禅流しとは,生地の模様や色づけのあと,防染のために生地に置いた糊などを洗
 い落とす作業のことを言います。加茂川では江戸時代すでに洗物屋仲間の組合があ
 り,堀川での染物洗いも西陣に近いことから古くから行われ,江戸初期には染料で川
 の色が変わったとあり,御池通り周辺でさかんだったようです。水系によって色の仕上
 がりに違いがあり,他に西洞院川(明治38年頃暗渠(あんきょ)化),高瀬川,白川,
 桂川などでも行われていましたが,河川の着色や化学染料による水質汚濁が問題と
 なり,昭和30年代頃から川での友禅流しは行われなくなりました。

 @『京の川』 (森谷尅久著 角川書店) p94〜100
 A『近代友禅史』 (村上文芽著 藝草堂) p95〜96,p254〜260 に堀川での水元(友
 禅染を水洗いする作業)についての記述があります。
 B『京都水ものがたり』 (平野圭祐著 淡交社 ) p26〜28 友禅染について,p100〜
 106 堀川について。写真は加茂川の観光用のもの。
 C『あのころ京都の暮らし』(中村治著 世界思想社) p18,19 友禅流しについて記
 述があります。写真は加茂川・出町橋南側でのもの。
 D『増補 京染の秘訣』(高橋新六編 民芸織物図鑑刊行会はくおう社) p181〜p210 
 加茂川の洗物屋仲間について,江戸時代から明治にかけての文書があります。
 E『京都近代染織技術発達史』(京都市染織試験場) p195〜197
 F『もっと知りたい!水の都京都』(鈴木康久編 人文書院) p161〜174

 次の資料には,“堀川で友禅の板を洗う(昭和29年)”という写真が掲載されていま
 す。
 G『目で見る京都市の100年』(白木正俊/監修 郷土出版社) p114
 H『京の友禅史』(京友禅史編纂特別委員会編 京都友禅協同組合) p259 

 インターネットでは,京都市歴史資料館が運営する 「フィールド・ミュージアム京都」 
 http://www.city.kyoto.jp/somu/rekishi/fm/index.html(平成24年3月20日確認)
 で,一覧から探す→事項一覧→友禅染め から,「戦後の堀川での友禅流し」 という
 写真が見られます。

 
参考資料  @【中央・右中・伏中ほか 所蔵あり】
 A【右中 所蔵あり】
 B【中央・右中・伏中・醍中ほか 所蔵あり】
 C【中央・右中・伏中・醍中ほか 所蔵あり】
 D【右中・醍中 所蔵あり】
 E【中央・右中・伏中・醍中ほか 所蔵あり】
 F【中央・右中・伏中・醍中ほか 所蔵あり】
 G【中央・右中・伏中ほか 所蔵あり】
 H【中央・右中・伏中・醍中 所蔵あり】


 蔵書検索へ
                              事例作成:2010.4
このページのトップへ
質問 18  京都にある羅漢図,羅漢像を知りたい。
回答
 羅漢とは,「人々から尊敬・布施を受ける資格のある人」の意味で,悟りを開いた高僧
 のことをさす阿羅漢(あらかん)の略称です。
 狭義では小乗仏教における最高の悟りを得た者をさし,広義では大乗・小乗を通じて
 最高の悟りを得た者をさします。

 釈迦が涅槃のとき正法を付嘱され,この世にとどまって正法を護持することを命じら
 れたという羅漢の像は,絵画や彫刻であらわされました。
 主な十六の羅漢の名,所在地などが唐時代に玄奘(げんじょう 602〜664)によって
 訳された経典によって明らかとなったことから,中国での信仰が始まりました。
 日本では平安時代以降十六,十八,五百羅漢などのおびただしい作品が描かれまし
 た。


 京都の寺院が収蔵している羅漢図で主なものは,

 国宝
 絹本著色十六羅漢像(北宋時代) 清凉寺

 重要文化財
 三重塔初重壁画 十六羅漢像(平安時代) 浄瑠璃寺
 十六羅漢像(鎌倉時代) 妙心寺
 十六羅漢像(鎌倉時代) 天寧寺
 十六羅漢像(南北朝時代) 建仁寺
 十六羅漢像(鎌倉時代) 禅林寺
 羅漢像(鎌倉時代) 大心院
 羅漢像(鎌倉時代) 大光明寺
 五百羅漢像(南北朝時代) 東福寺
 十六羅漢像(南宋時代) 高台寺
 十六羅漢像(南宋時代) 竜光院
 十六羅漢像(陸信忠筆・元時代) 相国寺
 十六羅漢像(元時代) 東海庵
 五百羅漢像(林珪庭,周季常筆・南宋時代) 大徳寺 

 などがあります。

 羅漢像(彫刻)では              

 羅漢像(伊藤若冲・江戸時代) 石峰寺
 羅漢坐像(明時代) 宝福寺
 十八羅漢坐像(范道生・江戸時代) 萬福寺
 十六羅漢像(木喰・江戸時代) 清源寺
 十六羅漢像(江戸時代) 南禅寺

 などがあります。


参考資料  『国宝・重要文化財総合目録 美術工芸品編上・下巻』 (ぎょうせい) 【中央・右中 
 所蔵あり】
 『国宝・重要文化財大全 1,2』 (毎日新聞社) 【中央・右中・醍中 所蔵あり】
 『仏像レファレンス事典』 (日外アソシエーツ) 【中央・右中 所蔵あり】
 『日本の美術 No.234 羅漢図』 (至文堂) 【右中 所蔵あり】
 『世界大百科事典 29巻』 (平凡社) 【中央・右中・伏中・醍中ほか 所蔵あり】
 『総合佛教大辞典』 (法蔵館) 【右中 所蔵あり】 


 蔵書検索へ
                               事例作成:2010.4
このページのトップへ
質問 19  黒谷(くろたに)和紙について知りたい。
回答
 黒谷和紙は,京都府綾部市黒谷町で生産される手漉(てすき)和紙で,府の指定無形
 文化財に指定されています。
 昔からのいいつたえによると,平安末期に川上姓を名のる弓の名人と平家の落武者
 16人がこの地に住みつき,子孫へ残す技として紙漉きをはじめたとされています。黒
 谷和紙の起源などについてはあきらかではありません。江戸時代の火災で焼失したと
 され,詳しい史料などは残っていません。

 黒谷の地は農耕地に向かない谷あいの狭い村でした。しかし,紙の原料となる楮(こう
 ぞ:クワ科の落葉低木。黒谷では「かご」と呼ばれています。)が山野に多く,また黒谷
 川の水量・水質が良く,紙作りに適した自然条件がそなわっていました。

 江戸時代になると数々の奨励策がとられて発展し,京都が近いこともあり,京呉服に
 関連した値札や畳紙(たとうし)などで黒谷和紙が知られるようになりました。

 現在も伝統的な手漉きの技法を守り,バラエティーに富んだ和紙や紙工芸品が作ら
 れています。

 次の資料で,黒谷和紙の技法を詳しく知ることができます。
 @『紙すき村黒谷』 (中村元/記・編 黒谷和紙組合)
 A『黒谷の紙』 (黒谷和紙組合)
 B『黒谷和紙』 (黒谷和紙振興会)


参考資料  @【右中 所蔵あり】
 A【右中 所蔵あり】
 B【右中 所蔵あり】
 『京都大事典』 (淡交社) 【洛西を除く全館 所蔵あり】
 『京都大事典 府域編』 (淡交社) 【岩倉を除く全館 所蔵あり】
 『人づくり風土記 26 京都』 (加藤秀俊[ほか]編 農山漁村文化協会) p172〜178 
 【中央・右中・伏中ほか 所蔵あり】
 『謎の丹波路』 (春木一夫著 神戸新聞総合出版センター) p91〜96 【右中・伏中 
 所蔵あり】
 『京に生きる技』 (朝日新聞京都支局編 サンブライト出版) p45〜48 【中央・右中・
 伏中ほか 所蔵あり】
 『匠のこころ 近畿の伝統工芸』 (吉田甦子/文 東方出版) p18〜27 【中央・右中・
 伏中ほか 所蔵あり】
 『綾部市史 上巻』 (綾部市史編さん委員会編 綾部市役所) p439〜442 【右中・
 伏中・醍中 所蔵あり】
 『何鹿郡誌』 (京都府教育委員会何鹿郡部会編 臨川書店) p343〜345 【中央・右
 中・醍中 所蔵あり】
 『産地別すぐわかる和紙の見わけ方』 (久米康生著 東京美術) p18〜19 【中央・
 右中・醍中ほか 所蔵あり】
 『日本の伝統工芸 7 京都』 (ぎょうせい) p80〜81 【中央・右中・伏中ほか 所蔵
 あり】

 蔵書検索へ
                              事例作成:2010.4
このページのトップへ
質問 20  京くみひもについて知りたい。
回答
 組みひもの歴史は古く,縄文時代にはその原型があったようです。工芸組みひもとし
 ては奈良時代に大陸から経典とともに伝わり,平安時代にはほぼ現在の組みひもと
 して完成したといわれています。その後,武士の台頭や茶道の興隆とともに発展しま
 したが,長い間上流階級の特権として保護されていたため,庶民にまで広がってきた
 のは近世に入ってからのようです。

 明治時代,武士階級の廃止によって需要は一時激減しましたが,着物の帯締めなど
 として庶民からの人気を得たことで,再び盛り返しました。
 京くみひもと他の地域の組みひもとの間に大きな違いはありませんが,一説によると,
 武士のものとして発展した関東の組みひもに比べて,公家のものとして発展した関西
 の組みひもは,色彩的に華やいだものが多いといいます。

 また,京くみひもは「伝統的工芸品産業の振興に関する法律(伝産法)」に指定されて
 います。その補助もあり,体験できる場が多々設けられています。@Aに体験できる
 ところがいくつか紹介されています。

 BCには組みひもの簡単な工程が載っています。より詳しく知りたいときにはDのよ
 うな資料もあります。そのほか,京都の伝統産業に関する資料などにも紹介されてい
 ますので,参考にしてください。


参考資料  @『京都工房めぐりと古都体験の旅』 (レブン著 メイツ出版) p52,62〜65 【中央・右
 中・伏中ほか 所蔵あり】
 A『京都の伝統工芸まなびガイド』 (京都商工会議所中小企業相談所) p56〜57 【中
 央・右中・伏中ほか 所蔵あり】
 B『おとなの学校 5 京都で伝統工芸を学ぶ』 (平凡社) p28,29 【中央・右中・伏中
 ほか 所蔵あり】
 C『手技に学ぶ 京都の伝統産業の現場から』 (石田大成社/取材・編集 京都精華
 大学) p70〜73 【中央・右中・伏中ほか 所蔵あり】
 D『京くみひも』 (菅沼晃次郎著 全京都組紐連合会) 【中央・右中 所蔵あり】


 蔵書検索へ
                              事例作成:2011.3
このページのトップへ
質問 21  明治〜昭和の,西陣織の帯の図案の変遷を見たい。
回答
 @『帯は西陣』 (西陣織工業組合) やA『西陣織 伝承の技』 (切畑健/文 岩波書店)
 p37〜43 “帯地の意匠”がよくまとまっています。
 また,B『西陣図案家百年祭記念作品集』 (西陣図案家百年祭記念出版委員会編 
 マリア書房)には年表があります。 

 そのほか,参考資料もご覧ください。


参考資料  @【右中 所蔵あり】
 A【中央・右中・東山ほか 所蔵あり】
 B【右中・伏中 所蔵あり】
 『近代図案ものがたり その歴史と今後の課題』 (比沼悟著 京都書院) 【右中 所蔵
 あり】
 『西陣史』 (佐々木信三郎著 思文閣出版) p405〜445 【中央・右中・伏中・東山 
 所蔵あり】


 蔵書検索へ
                              事例作成:2011.6
このページのトップへ
質問 22
 「嵯峨本」とはどういうものか。
回答
 嵯峨本の定義については諸説ありますが,通常,慶長年間(1596〜1615)後半期
 に本阿弥光悦とその門流が,嵯峨の豪商角倉素庵の協力を得て出版した書物のこと
 をいいます。

 主として木活字により印刷された,いわゆる古活字版の一種で,「伊勢物語」や「観世
 流謡本」など13部38版種が確認されています。
 料紙・装丁などに美術的意匠を施しており,我が国出版史上最も美しく気品ただよう
 書物といわれています。雁皮紙(がんぴし)に胡粉(ごふん)を引き,その上に雲母模
 様を摺った料紙が,光悦の優雅な王朝風の文字を引き立て,非常に豪華です。
 また,漢文の書物に独占されていた当時の出版界にあって,挿絵入り・ひらがな交じ
 りの書物の出版は画期的で,その後の国文学の普及に大きな役割を果たしました。

 以下@,Aには解説とともにカラー図版が,Bには白黒図版が掲載されています。
 @『桃山の春・光悦展』 (京都文化博物館) p91〜94  
 A『光悦』 (林屋辰三郎[ほか]著 第一法規) 原色図版16 単色図版61 p85〜96
 B『日本の美術 No.460 光悦と本阿弥流の人々』 (至文堂) p22〜44 


参考資料  @【中央・右中 所蔵あり】
 A【右中 所蔵あり】
 B【右中 所蔵あり】
 『日本古典文学大辞典 第3巻』 (日本古典文学大辞典編集委員会編 岩波書店) 
 p36 【中央・右中・伏中・醍中・下京・醍醐 所蔵あり】               
 『日本古典籍書誌学辞典』 (井上宗雄[ほか]編  岩波書店) p242〜243 【中央・右
 中・醍中 所蔵あり】 
 『国史大辞典 6』 (国史大辞典編集委員会編 吉川弘文館) p279〜282 【中央・右
 中・伏中ほか 所蔵あり】 
 『角倉素庵』 (林屋辰三郎著 朝日新聞社) p106〜127 【中央・右中 所蔵あり】
 『本阿弥光悦 人と芸術』 (増田孝著 東京堂出版) p218〜228 【中央・右中 所蔵
 あり】

 蔵書検索へ
                              事例作成:2011.6
このページのトップへ
質問 23
 建築家の武田五一(たけだごいち)が京都で手がけた建物について知りたい。
回答

 
 武田五一(1872〜1938)は広島県生まれの建築家です。欧州留学を経て京都高等
 工芸学校(現・京都工芸繊維大学),京都帝国大学(現・京都大学)で教鞭をとりまし
 た。欧州の建築様式と日本の伝統的要素を取り入れた設計を行い,工芸や商業デザ
 インの分野でも活躍しました。

 明治42年(1909)に京都府立図書館,明治43年(1910)京都商品陳列所,昭和
 12年(1937)には関西電力京都支社の設計を手がけるなど,幅広く活躍しました。
 大正15年(1926)に中国美術品のコレクションを公開することを目的として開設され
 た藤井斉成会有鄰館第一館と,昭和3年(1928)に竣工した“アートコンプレックス
 1928”(旧毎日新聞社京都支局)は,京都市の文化財に指定されています。
 大正3年(1914)に建てられた順正清水店(旧松風嘉定邸)と同志社女子大学の
 ジェームズ館をはじめ,藤井斉成会有鄰館第二館などは,国の有形文化財に登録さ
 れています。

 また多くの後進を育て,昭和2年(1927)に竣工した京都市役所本館では,設計を弟
 子の中野進一が担当し,武田五一が顧問として補整を行いました。このほか,昭和5
 年(1930)に竣工した京都大学人文科学研究所(旧東方文化学院京都研究所,国有
 形文化財)においても弟子の東畑謙三が設計を担当しており,弟子とともに手がけた
 建物も数多く現存しています。


 

参考資料

 『日本近代建築大全 西日本編』 (米山勇監修 講談社) 【中央・右中・伏中ほか 
 所蔵あり】
 『関西の近代建築』 (石田潤一郎著 中央公論美術出版) p41〜48 【中央・伏中・
 醍中 所蔵あり】
 『京の近代建築』 (コトコト) p62〜65,78〜79 【中央・右中・伏中ほか 所蔵あり】 
 『京都モダン建築の発見』 (淡交社) 【中央・右中・伏中ほか 所蔵あり】
 『建築MAP京都』 (TOTO出版) 【中央・右中・伏中ほか 所蔵あり】
 『近代建築散歩 京都・大阪・神戸編』 (宮本和義著 小学館) 【中央・右中・醍中 
 所蔵あり】
 『日本の美術 No.474 京都-古都の近代と景観保存』 (至文堂) 【右中 所蔵あり】
 『関西のモダニズム建築20選』 (芦屋市立美術博物館企画監修 淡交社) p146
 【中央・右中・伏中ほか 所蔵あり】
 『京の礎−京都市指定・登録文化財集−』 (京都市文化市民局文化部文化財保護
  課) p14 【中央・右中・伏中ほか 所蔵あり】
 『京都市の文化財 −京都市指定・登録文化財集−〔建造物・文化財環境保全地
 区〕』(京都市文化観光局) p58,66 【中央・右中 所蔵あり】

 ●文化遺産オンライン http://bunka.nii.ac.jp/Index.do(平成25年4月8日確認)

 ●京都市情報館『京都市庁舎の沿革2 現本庁舎の特色』
 http://www.city.kyoto.lg.jp/gyozai/page/0000002284.html(平成25年4月8日確認)


  蔵書検索へ
                            事例作成:2013.4

このページのトップへ


目次に戻る

Copyright (C) Kyoto City Library.2013.All rights reserved.